諸子百家ってなに??
☆☆☆中国古代思想を知る上で、重要となる諸子百家についての簡単な説明☆☆☆



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 今から3000年ほど前の中国の周王朝の末期、春秋戦国時代と言われている時代があります。この時代は、多くの諸侯が覇を競った時代で、混沌の中から新しい秩序を求めた時代でもありました。

 この時代は、新しい秩序を求めて多くの思想が乱立したために、その乱立した思想の総称を、俗に「諸子百家」と言われています。百というのは多数という意味であり、『漢書芸文志』には、189家があったと記述されています。その思想を系統に従って大別すると、約10派に分類することができます。

 その10派は、『儒家(じゅか)』、『道家(どうか)』、『墨家(ぼくか)』、『法家(ほうか)』、『陰陽家(おんみょうか)』、『名家(めいか)』、『縦横家(じゅうおうか)』、『農家(のうか)』、『雑家(ぞうか)』および『小説家(しょうせつか)』です。このうち『小説家』については、思想性が稀薄で重要視されていないことから、残りの9派で『九家九流』または『九流百家』とも言います。また、「孫子」で有名な『兵家(へいか)』は別扱いとされています。これは、『小説家』と同様、その思想性が稀薄であるという解釈によるものです。

 簡単にこの10派を説明すると、このようになります。

  孔子で有名な『儒家』は、家族内の血縁関係により生ずる親愛の情である『仁』を広く天下に拡大させ、個々人の道徳心を覚醒させることにより、秩序を確立することを主張した派閥です。年長者への敬愛を絶対のものとして捉えると同時に、『礼』を至上のものと考え、道徳主義を唱えました。そのために、敬愛の意味を込めて華美な葬儀を推奨し、「礼儀」と称して、多くの規則を定めました。

 老子や荘子で有名な『道家』は、人間を自然界の一物と捉え、『自然の道』に従うことが人間の理想的な生き方であると主張する派閥です。自然の流れに身を任せることが最高の生き方であるとして、現代で言うところの自然調和主義と似ています。

 戦争の天才と言われた墨子で有名な『墨家』は、儒家の『仁』を不徹底として非難し、自分を愛するように他人を愛するという『兼愛』を主張した派閥です。右頬を叩かれれば左頬を差し出せと言うのと同じです。

 秦の始皇帝を生み出したことで有名な『法家』は、儒家の道徳政治を非難し、法律万能主義を掲げ、法による支配を主張した派閥です。秦朝期に、焚書坑儒が行われたのは、この『法家』の教えに従って行われました。

 安倍晴明で有名な『陰陽家』は、木火土金水と陰(月)陽(日)により、諸現象を説明することを主張した派閥です。主に占いの世界に、影響を残しています。

「白馬は馬ではない。」という詭弁で有名なのが『名家』です。現実を無視して、論理学的思考のみを主張する派閥であったため、現代には殆ど伝えられていません。他の学派の資料に、参考として書かれていることで、その教義が垣間見られる程度です。

 古代中国の戦国時代に勇躍した説客達をまとめたのが『縦横家』です。各国間の外交上で活躍した策士達を中心とした派閥であり、「戦国策」という書物に、彼らが用いた説得術が載っています。

 また、経済基盤であった農業の振興を主張し、三皇の一人である神農を本尊とした派閥である『農家』、どの派閥にも属さないその他の派閥という意味を持つ『雑家』、細々とした説話を説く一派で、思想性が稀薄なため、殆ど無視される派閥である『小説家』、そして、戦争にかかる諸問題を解決しようとした派閥である『兵家』があります。


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