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中学生の投資学
☆☆これから社会に出る子供たちのための投資講座☆☆



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第17回 おかねの歴史@

 みなさん、お札の正式名称って知っていますか。
正式名称は「日本銀行券」と言います。
ちなみに馬券の正式名称は「勝馬投票券」って言います。
えっ、関係ない、失礼しました。
「日本銀行券」って、どうしてそんな名前なんでしょうか。
そこで、お金のことをより理解して貰うために、お金の歴史について知ってもらおうと思います。

 日本の最初のお金は、社会で習った「和同開珎」です。
708年から始まる和同年間に作られたものが始まりです。
平城京より前ですので、かなり昔のことです。
ところが、「和同開珎」を始めとする貨幣は、殆ど使われませんでした。
それは、当時の日本人が、お金の価値を認めなかったからです。

 元々、人は物々交換で必要なモノを手に入れていました。
しかし、物々交換では、お互いに交換したいものが、一致しなければ交換できません。
例えば、あなたが野菜を持っていたとします。
その野菜を魚と交換したいと思い、魚を持っている人を見つけて声をかけます。
しかし、相手は、魚を酒と交換したいと考えていたので、野菜との交換は拒否されてしまいます。
これでは、なかなか魚と交換することはできません。
そこで、お金というクッション財が考え出されたのです。
あなたは野菜とお金を換えて、そのお金と魚を換えれば簡単に魚が手に入ります。
魚を持っていた人は、得たお金で酒と交換すればよいのです。
このように、お金というものは、非常に便利なものなのです。
しかし、みんながお金を欲しがらなければどうなるでしょうか。
いくらお金を持っていても、誰も品物と交換してくれません。
つまり、お金は誰もが欲しがる魅力的なものでなければ、全く意味が無いのです。

 そこで、多くの社会では、お金を貴金属で作ることにしました。
金貨、銀貨、銅貨がそれです。
これは、実は、お金を使うというよりも、みんなが欲しがる貴金属というもので、物々交換しているという意味合いの方が強いものでした。
例えば、江戸時代に作られた小判という貨幣をみなさん知っていますよね。
みなさんは、どの小判も、一両ということで、価値が同じだと思っていませんか。
実は違うのです。
享保小判と元禄小判とでは、価値が違うのです。
何故違うのかと言えば、それぞれの小判に含まれる金の含有量が違うからです。
元禄小判は、荻原重秀の改鋳で、金の含有量を低くしています。
これに対して、享保小判は、元禄小判の改鋳により、貨幣経済が混乱したことから、徳川吉宗が、金の含有量を戻したのです。
その結果、商人達は、小判の価値に差をつけて取引きしたのです。
また、他にも、ニセ銭は、本来の銅銭の1/3の価値で流通させたりもしているのです。
ニセ銭が使えるんですよ。
今では考えられないことです。

 このように、原始的な貨幣経済では、お金そのものに、価値があるモノを使用しました
それは、お金自体の価値により、貨幣経済を維持する必要があったからです。
それが、どうして今のように紙切れになったのか。
それはまた次回にということで。


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