| 子育てがどうして錬丹術になるのか。それは、やはり、子供の存在自体が、「生きがい」となるからです。よく、「子供よりはペットの方が良い。」ということを聞きます。私の友人にも、そういうことを言う人はいます。他にも、「子供は大きくなるからイヤ。」だとか、「子育てに時間が取られるのがイヤ。」だとか、嫌がる理由を数え上げたら、キリがありません。でも、これって、子供をペット扱いしているから、こういうふうに言うんですよね。そもそも、子供をペットと同列に扱うのがおかしいのではないでしょうか。 子供はペットとは違います。そりゃ、小さい頃は可愛いいけど、大きくなった可愛くないでしょう。当たり前です。愛くるしかった息子が、むさ苦しいヒゲ面のおっさんになるかもしれません。しかし、子供というのは、自分が教えたことを吸収して、ちゃんと生きて育ってくれます。一つ、一つ、子供のことを思って教えたこと、怒ったこと、笑ったこと、楽しんだこと、その全てを受け止めて、育ってくれます。この喜びというものは、ペットでは、到底、味わえるものではありません。子供は、注いだ愛情、一滴、一滴に答えてくれるのです。 確かに、疲れているときに暴れられると腹が立ちます。自分の自由時間が、子供に奪われて不自由に感じます。おかねも、子育てに消えて、貧乏になったと感じます。これまで自由だった生活が、全て子供たちによって、束縛されてしまいます。だからといって、自由を無くしたと、私は思いません。逆に、子供たちの存在で、自由というものを知ることができました。確かに、見せかけの自由は無くなりました。しかし、子育てを通して、彼らの純粋な考え方を通して、自分がこれまで生きて来る中で失ったものを、取り戻すことができました。その利益といったら、おかねでは代え難いものです。それを子供たちは、取り戻させてくれます。 ところで、以前から家庭内暴力とか問題にされ、最近では、働かないニートの存在が問題にされています。子供がこんなんになるんだったら、産みたくないという人は多いのではないでしょうか。確かに、私も、子供がこんなんになれば、子育てする気はありません。でも、子供が真っ直ぐに育たないのは、育て方に問題があるのではないでしょうか。子供は親を選ぶことはできません。しかし、親は、子供を選ぶことができます。子供をどのように育てるかで、子供の育ち方は変わるのです。子供の育て方なんてわからないと思われるでしょうが、子供は「育てるぞ。」と、肩に力を入れなくても育ちます。真っ直ぐに育てるのも難しくはありません。出来得る限りの愛情を注げば良いのです。可愛がるばかりが愛情ではありません。時には、子供のことを考えて、叱ったり、叩いたりもしなければなりません。その積み重ねが、子供を真っ直ぐに成長させていくのです。 われわれの世代は、満ち足りた社会の中で、自由に育ってきました。ですから、思い通りにならない子供の存在が、ウザく、邪魔になることがよくあります。大人同士なら空気を読めますが、子供は読むことができません。ついつい、大人と同じ扱いをして、怒鳴ったり、ビビらせたり、どついたりして、一方的な服従を強いてしまいます。でも、これは、全て親に責任があるのです。相手のことを思いやる余裕が無いから、こういう行動に出てしまうのです。子供たちは純粋です。ですから、このような余裕の無い行動に対しても、全身で受け止めてしまいます。その結果、子供ながらに悩んだり、苦しんだりします。そして、知らず知らずのうちに、真っ直ぐに成長できなくなってしまうのです。 子育ては、楽しいです。子供をペットと扱わず、これから大人に育っていく、その成長過程を見守ることに、無償の喜びを感じます。子育ては、目先的な楽しみや快楽を犠牲にしても、余りあるほど有意義なものです。みなさんも、子育てに悩まずに楽しみましょう。イヤだ、イヤだと思ってやることは、何ら実りはありません。楽しみながらやるから、実りがあるのです。そして、その実りがあるから、充実した人生を送ることができるのです。充実した人生、これこそが、自由人の醍醐味ではありませんか。 |
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