| どうして、中国古典を学ぶことが錬丹術(精神的自由人)につながるのか?話は長くなりますが、ちよっと聞いてやって下さい。 私が小学校4年生のとき、「熱中時代」という水谷豊主演の教師ドラマが一世を風靡していました。確か、日テレ系で、夜の9時か、10時からやっていたと思います。そのドラマの中で、水谷豊演じる北野広大先生が、校長先生宅に下宿するのですが、その校長先生には、太川陽介演じる浪人生の息子がいたのです。その息子が、受験勉強しているシーンで「家康、秀忠、家光・・・・・・家定、家茂、えーっとあと誰だっけ、あっ、慶喜さんだ。」というセリフがありました。このセリフを聞いたとき、私の頭に、何か電気が走ったような感じがして、徳川15代将軍を知りたいという衝動に駆られました。そこで、父、母、祖母に聞いたのですが、15人みんなを答えることはできません。そこで、当時は、インターネットなどありませんから、生まれて初めて、事典を引きました。その事典には、ありがたいことに、徳川15代の家系図も載っていました。私は、嬉しくて、その家系図を自分のノートに写しました。 私の興味は、徳川15代を調べれば終わりという訳ではありませんでした。それからというもの、私は家系図を調べるのが大好きになりました。足利15代、源氏3代、藤原摂関家、北条執権家と調べ、徳川家や足利家が源氏だということを知り、家康や尊氏以前の家系図を調べて、ここで徳川と足利は別れたんだ、と妙な感慨に耽ったものでした。我が家には、父がブリタニカ大事典を買っておいてくれたお陰で、多くの系図を見ることができました。また、同時に、歴史上の人物も多く知ることができました。当時の私は、有名人については、事典に書かれていた内容を丸暗記していた程でした。 日本人を網羅した私は、必然的に、中国に興味を持ちました。殷、周、秦、漢、隋、唐、宋と歴代皇帝家の家系図を見ましたが、面白くありませんでした。みんな、高祖、太祖、太宗等、同じ名前だったからです。それが謚(おくりな:死後つけられる尊称のこと)ということを知り、本名を知りたいと思いましたが、事典にはそこまで載っていません。そこで私は、原書を読むことにしました。最初に読んだのは、「史記」です。その中の「列伝」です。「史記列伝」には、物凄く魅力的な人物が、たくさん載っていました。それこそ、王侯貴族だけでなく、遊び人、暗殺者、学者等々、身分にこだわらずに、様々な人が書かれていました。その中で、私が気に入ったのは、田文、衛鞅、韓非そして孫武でした。田文とは、孟嘗君のことで、斉の宰相を務めた賢人です。食客という遊び人を3,000人も養っていた人です。衛鞅は、またの名を公孫鞅、商鞅という人物で、秦の宰相になり、秦の天下統一のための礎となる政治をした人です。韓非とは、秦に滅ぼされた韓という国の公子で、秦の始皇帝に、「韓非に会えれば、死んでも構わない。」と言わしめた程の人物です。孫武とは、「孫子」の著者とされる人物です。当時、私は、「孫子」という書物を、名前だけは知っていました。戦争に勝つための本だ知って、読んでみたいと思いました。しかし、実際に読むまでには、至りませんでした。 月日は流れて、確か、中学三年生の頃だったと思います。ふと、マンガを買いに行った近所の本屋で、ふと、上の方を見上げると、「中国の思想第10集 孫子・呉子」(徳間書店)というのを見つけました。「あっ、これ、孫子だ。」と私は思い、買いに行ったマンガを買わずに、この本を買って家に帰って、そのまま部屋に籠もりました。子供向けの本らしく、簡単に内容が書かれていました。その日のうちに一読しましたが、「なぁんだ。」という程度の感想しか出てきませんでした。それから暫く、その本は、本棚の片隅に、お飾りとして埃をかぶり続けました。 高校生になったある日、ふと、本棚の片隅にあった、「孫子」に目が止まりました。何気なく、手に取り、パラパラとめくっているうちに、気づくと夜が明けていました。知らず知らずのうちに、「孫子」に魅せられてしまったのです。中学時代には理解できなかったことが、高校生になって、初めて理解できるようになったのです。それからというもの、時間があれば「孫子」を読み、また、韓非が著した「韓非子」や、商鞅が著した「商君書」を読みました。「諸葛孔明の兵法」、「墨子」、「管子」、「戦国策」、「呉子」、「六韜」、「三略」、「老子」、「荘子」、「孟子」、「列子」、「左伝」などなどの思想本も読みました。また、「漢書」、「後漢書」、「三國志」の歴史書も読みました。そして、高校を卒業するときには、訳文ではなく、原文を読みたいという衝動に駆られ、中国語を独学で勉強しました。ちなみに、大学の第二外国語は、当然、中国語です。 これらの中国古典を学ぶうちに気づいたことは、彼らは、我々が考えている以上に、過酷な時代を生き抜いてきたということです。そして、その過酷な時代を生き抜くために、これらの書物を著したということです。今のわれわれは、生きるということに対して、それ程真剣になる必要はありません。真剣に考えずとも、生きていけるのです。皆さんの中で、毎日、死の恐怖と戦っている方は、どれくらいおられるでしょうか。まず、おられないと思います。これが自由人とどういう関係があるのかと言われるでしょうが、私は大有りだと考えています。なぜなら、不自由を知らずに、自由を理解できないからです。また、われわれは、見せかけの自由な時代に生きているので、どうやって本当の自由を得るのか、その方法を知りません。しかし、彼らは、不自由な時代にいて、本当の自由を追い求めていたのです。われわれが持たない経験を、彼らはしているのです。今の世の中、本当に自由を追い求めた人は、殆どいません。ですから、自由の追い求め方を教えてもらいたくても、誰も教えることはできないのです。ですから、書物、特に古代中国の書物に頼らざるを得ないのが現実です。中国古典が錬丹術、それは最初はわかり難いでしょうが、後々わかって頂けると思います。充実した人生のために、どうか中国古典の世界を体験してください。 |
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