| 6985 ユーシンの無知 |
| 株式投資を始めて1ヶ月が経過しようとした1999年の暮れ、人類は滅びず、ノストラダムスの「ノ」の字も聞かなくなった頃、私は、株式投資の必勝法を探すのに躍起でした。なんせ、この頃は、相場と言うものを全く知らないド素人の時期ですから、株式投資の必勝法はあると確信していたのです。無いものを探す、また、無いことが理解できない、愚かな時期でした。こういうときに、素人が真っ先に思い浮かぶ方法というのは、売られ過ぎた銘柄の自立反発を狙うというものです。ご多分に漏れず、私もそこに行き着きます。そして、12月27日(月)、下方修正で売られていた6985ユーシンを始値成行き320円で5,000株を購入します。 この頃の私のやり方は、yahoo! Financeにある値下がりランキングの週間値下がりランキングで、値下がり率上位にある銘柄を逆張りするという単純なものです。今となっては、非常に怖い方法です。しかし、ド素人ですから、当然、怖いと言うことを知りません。この方法の危うさを、下落局面の逆張りの危うさに気づきません。無知と言うのは、こうも怖いことなのかを知りませんでした。 この時の6985ユーシンは、12月16日に下方修正したことによって、大きく売られていました。500円前後あった株価は、12月24日(金)には安値308円、引値310円まで下がり、出来高も通常1万株程度のものが24万株にまで増加していました。そこで12月27日朝一で成り買いしたのです。すると、この6985ユーシン、私の目論見どおりに24日の安値308円を底に反発します。27日の引値は350円で、さすがはオレ、天才やん!!と自画自賛します。オレにかかれば株式投資なんて、チョロイ、チョロイと、有頂天になります。 更に翌28日も快進撃は続き、高値は428円にまで上り、引値は387円でした。今の私なら、この日に撤退しています。多分、400円を割るというところで撤退しています。しかし、ド素人は、上ヒゲの意味を知りません。明日も上がると、勝手に思い込みます。そして、現実は、必ず期待を裏切ります。案の定、翌日は始値367円、引値359円となり、ド素人は焦ります。428円までの皮算用をしていたのですから、△69円×5,000株=△345,000円の損やんと悔しがります。「利食い千人力」という言葉は、当然知りません。ところが、この頃は、ITバブルの終焉間近という時期でしたから、何もが強気一辺倒の相場です。ですから、6985ユーシンも、この日に売られただけで、翌30日から再び戻りに入ります。30日は380円、年が改まった1月4日(火)には402円まで戻します。 そして運命の1月5日(水)です。この日は、前日の米国相場が大きく売られたということで、強気のド素人も、一気に弱気に傾きます。また、350円台なんてもう嫌や、ということで、始値成行き売りをします。そして、始値362円で約定します。この日は高値362円、安値335円、引値355円ということなので、当日の高値では売り抜けていたことになります。しかし、428円の皮算用をしていたのですから、心の中では、(362円−428円)×5,000株=△330,000円も損したやんけという悔しさで一杯でした。実際は、42円×5,000株=210,000円の儲けです。それなのに、損した、損したと悔しがっているのです。今から考えると、こういう心の持ちようが、後々の大損に繋がったんだなと、今更ながら、自分の欲望の深さに驚きます。 ちなみに、この後の6985ユーシンは、暫く350円超に停滞した後、1月14日から上昇し始め、2月22日には、600円まで買われるのです。当然、ド素人は、この上昇していくサマを、恨めしそうに、指を咥えて見ていただけです。 実はこの時まで、私は指値注文というものをしたことがありませんでした。指値の意味も知らずに売買していた程のバカだった訳です。この6985ユーシンで学んだこと、それは指値注文することです。この頃は、こんなことも知らないド素人でも儲かる時代だったんですね〜。 |
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