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株式投資体験記
☆☆今までの株式投資の成果というよりも・・・・・☆☆



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1866 北野建設の崩壊

 人にはそれぞれ、得ても良い利益の幅というものがあります。もしかしたら、その大きさは、人が生まれたときから決まっているのかも知れません。もし人が、自分が得ても良い利益の幅を超えたときにどうなるか。それは、崩壊以外の何ものにも無いのでしょう。

 青二才がストロングホールドを決めた以後の1866北野建設は、情報筋の情報どおり、ゆっくりと下げ始めます。17日(火)は、再度買われて402円で引けたものの、その後の引値は386円、370円、372円、367円となります。当然、青二才は慌てませんでした。下値誘導されると事前に知っていたからです。ただ、自分の買値より下回ったので、400円台で一度売っておくべきだったと後悔しました。売っていれば、50万円程度の利益を得た上に、買値平均より安く買えたのにと、後悔しました。

 そして、あの忘れもしない7月25日(水)を迎えます。その日は367円で寄り付いて、その後は360円台をダラダラとしていました。青二才は、その動きを9時半に確認してから、外回りに出ました。その日は、どうしても外せない外勤があったのです。そして、訪問先を出た10時半、再度、携帯電話で株価を確認した瞬間、青二才の目はテンとなり、頭の中が真っ白になったのです。青二才が見た数字は334でした。つまり、1866北野建設が、334円まで一気に売られていたのでした。当然、青二才は焦りました。どうしよう??と考えました。携帯電話ですから、板の状況などはわかりません。ただ、わかっていることは、携帯の画面を更新する度に、株価がドンドン下がっていくということだけでした。青二才の頭には、直ぐに損切りの言葉が浮かびましたが、またしても、「売った後に反騰したらどうする??」という欲望に負けて、結局は、ストロングホールドを選択したのでした。この日の引値は307円、つまり、青二才が焦った330円台で売った方が正解だったのです。家に帰って、307円という株価を見て、青二才は、ただ、ただ、呆然としました。そして、334円になったら損切りすると遅い損切りを決意したのでした。

 翌26日(木)、青二才は、333円で指値売りをして出勤しました。333円で売れれば、まだ80万円の損失で済むと考えました。するとこの日は、始値316円、高値330円、安値310円、引値321円と若干の反発をしたのです。更に翌27日(金)は、始値325円、高値330円、安値319円、引値320円と、下げ止まったように見えました。その上情報筋からは、仕手本尊はまだ逃げていない、株価は必ず復活するとの情報を得ました。すると青二才は、愚かにも、その情報を信じて、今更損切りできないと考え直しました。やはり、ここは1866北野建設の復活に賭けるべきだと決意したのでした。もう、この決意に対しては、何の言葉もありません。今となっては、ただ、ただ、己の愚かさが、憐れなだけです。

 そして、週明けの30日(月)です。この日が、1866北野建設のダメ押しの日です。結果から先にお伝えしますと、この日の始値318円、高値320円、安値240円、引値248円です。△72円という急落の日です。この日に青二才は何をしていたかと言えば、株価を見ているから損失が怖いんだと、一切株価を見ていなかったのです。この日の動きを、一切見ていなかったのです。ストロングホールドを決意したので、何があっても持続するんだと決めていたのです。当然、会社から帰宅後、どうなったかは、みなさんのご想像にお任せします。

 そして、青二才は、翌31日(火)に、成行きで売り注文を出したのでした。始値248円での約定でした。(248円×20,000株)−{380円×10,000株+366円×10,000株}=△2,500,000円の損失を、青二才は蒙ったのでした。そして、青二才は、遅ればせながら知りました。欲深くてはいけないと・・・・。


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